インドでは、人口の半数以上がベジタリアンです。
宗教的な理由や、健康上の理由などから、肉や魚を一切食べません。
では、何から栄養をとっているかというと、豆や野菜。
とくに、インドでは豆の種類が豊富で、どの家にもたいてい5〜10種類近くの豆を常備していて、料理によって使い分けています。
なかには日本人におなじみの、チャナ(ひよこ豆)、ラジマ(キドニー豆)、ムング豆(緑豆)などもありますが、インド料理で使われる豆はこれだけではありません。小さなものから大粒のものまで、いろいろな豆を使いこなしてこそ、"一流のお母さん"になれるのです。
僕も、実家にいる時は、母が作った料理をよく食べていました。
インド人は一般的に、あまり外食する習慣がありません。
僕たちがなによりも好きなのは、「ガル・カ・カーナー」。ヒンディー語で「家のごはん」という意味です。
決して豪華ではないけれど、お母さんが作ってくれる馴染みの味が、僕たちはとても好きで、安心して食べることができるのです。
学校へ通っていたときには、毎日、お母さんが作ってくれたカレーやチャパティをつめたお弁当を持ってでかけましたし、会社で務めるようになっても、お弁当を片手に出かけるのは同じ。
オフィスのランチタイムでは、お弁当デリバリーのひとたちがとても活躍しています。
彼らは毎日、昼前になるとあちこちの家庭にお弁当を取りに行き、それぞれのオフィスに届けるという、重要な役割を果たしているのです。
決して街なかにレストランがないわけではありませんし、流行っているお店もたくさんあります。
でも、インド人にとっていちばん好きなのは、「家のごはん」で、誰にでも、忘れがたい「おふくろの味」があるのです。
僕も、お母さんが作るインド料理が大好きでした。
特に「ダル」という、豆を使ったカレーが大好物。これは、日本でいうお味噌汁みたいなもので、毎日の食卓に欠かせないものです。
日本のお味噌汁が、家庭によって味付けがちょっとずつ異なるように、インドのダルも、家庭の味がとても強くあらわれます。
ちょっと塩気が強い家庭や、スパイスが効いた家庭。
それから、西インドのグジャラート州では、このダルに砂糖を入れて甘くするのが定番なので、もしお母さんがグジャラート州出身なら、その家庭のダルは、甘みが効いているかもしれません。
家庭で食べるのは、こうしたダルのほか、1〜2種類のサブジとチャパティ。
サブジとは、野菜をスパイスなどで調理した料理の総称で、カリフラワーやじゃがいも、オクラ、玉ねぎなどいろいろな野菜が使われます。それらの野菜を蒸したり、炒めたり、煮たりして、スパイスと塩で味付けしたサブジは、インド人の大好物。
僕ももちろん、お母さんが作るサブジが大好きでした。
でも、誰かの誕生日とか、新年とか、ちょっとおめでたいときには家族みんなで外食して、スペシャルな時間を楽しむこともありました。
そんなとき、僕らの家族が出かけたのは、デヘラードゥーンの街なかにあるレストラン。
決して高級な店構えではなく、レストランというよりは、食堂という感じだけど、いつもたくさんのお客さんで賑わっていて、どれを食べてもフレッシュでおいしかったのです。
特に、僕がいちばん好きだったのが、バターチキンカレーとバターナン。
僕の家庭は、みんなノンベジタリアンだったので、チキンやマトンなどの肉も食べます。
このお店のバターチキンカレーは、バターや生クリームをふんだんに使って、とてもリッチな味わいなのに、スパイス使いが絶妙なためか、決してコッテリしすぎないし、胃もたれもしない。
最後のひとさじまで、とてもおいしくいただけるのです。
それから、タンドール窯でしっかり焼き上げた熱々のナンに、たっぷりバターを塗ったバターナンも絶品のおいしさ!
よく誤解されがちなのですが、普段、インド人はナンをあまり食べません。
「ナンを食べるとすぐに満腹になってしまう」といって、普段はチャパティという、発酵させていない薄焼きのパンを食べています。
これはこれで素朴な味わいがとても魅力的なのですが、やっぱり、手間と時間をかけて発酵させた焼きたてのナンは、一味もふた味も違います。
このナンを手でちぎり、クリーミーなバターチキンカレーのなかにどっぷり浸し、口に運ぶ瞬間といったら……!
滅多にしない外食だからこそ、このおいしさが格別に感じられるのだと思います。
いま、僕が「インドレストラン デルコス 八王子本店」で作っているバターチキンカレーやバターナンは、あのお店の料理をモデルにしています。
僕はデヘラードゥーンに帰省するたび、インド産のスパイスを仕入れて日本へ帰り、それを使って、あの味を思い出しながら料理をします。
寸胴鍋を覗き込みながら、僕の頭のなかには懐かしいデヘラードゥーンの街並みが蘇ります。
さわがしいクラクションや、道端で立ち止まる野良牛の群れ。
縦横無尽に道を横断するインド人や、抜けるようにまっさおな空。
そんな景色を思い浮かべながら、僕は、八王子の街なかで、いつもカレーを作っています。
インタビュアー:シャンティ・ヨガンヌ